「灰色の世界」

　六時五十五分。

　携帯のアラームで僕は目を覚ます。

　黒の家具で統一された室内で点滅を繰り返す携帯のランプはやけに腹立たしい。携帯のアラームを切り、ベッドから這い出してテレビの電源に手を伸ばし、いつものチャンネルであてにならない星座占いを確認する。

　占いは嫌いだ。

　それでも見てしまうのは、習慣というか惰性のようなものだ。「今日の占い」で一位になった日に、僕は高校受験に失敗した。それ以来、僕は「今日の占い」で一位になった日は特別なことがあるとびくびくするようになった。我ながらくだらないと自覚はしている。

　占いが終わってCMが始まると、僕は朝の支度を始めた。

　着替えを済ませてカーテンを開け放つと、太陽とばっちり目が合った。一瞬にして室内の色が黒から白に変わり、痛む目を凝らして窓を開ければ、清々しい空気が僕の肺を満たす。

　それから台所に移動した僕は、昨日の夕食の残りとレンジで温めた冷凍ごはんを弁当箱につめながら、今日の昼食は会社のビルの中庭でゆっくりと食べようかな、なんてことを考えていた。あそこは周辺の野良猫の溜まり場だから、猫がいれば鮭を分けてやってもいい。

　家を出て最寄駅に着くまでの時間、旧型のＭＰ３プレーヤーを再生しながら空想に耽る。今週末は久しぶりに映画でも観に行こう、次の給料が出たら新しいゲームを買おう、二泊三日で一人旅をするのもいいな、なんて、他愛もない、取るに足らない妄想だ。

　靄がかかったような頭のまま、定期券を自動改札に近づけ、混雑する駅のホームで規則正しく列に並ぶ。

　携帯に夢中な大学生、分厚い週刊誌を読むサラリーマン、不機嫌そうに独り言を呟くおじさん、隙あらば列に割り込もうとしているおばさん、彼らを見渡す僕。

　改札に続く階段の横に位置する乗り場には、多種多様な人々が立っている。幸せな人も、不幸な人も、笑いたい人も、泣きたい人も、同じ時と空間を共有している。

　左手の方角から、そんな僕たちを目的地に運ぶ電車が近づいてきた。

　さあ、今日が始まる。

　目の前に迫る重厚な車体。

　誰かがぽんと僕の背を押す。

　誰？

　それはいつかの僕？

　笑い声が聞こえる。

　子供の、鈴の音のような……。